前回、しゃぼたあわお さん、のお話をいたしましたが、その最後に、童謡シャボン玉飛んだ、のことに触れました。その続きのお話しです。
今でもお小さいお子さまは「シャボン玉」を飛ばして遊ばれたりされるでしょうか?
せっけん液を作って、ストローで吹くだけで、透明な美しい球体が、その表面に虹色の模様をかすかに浮かび上がらせながら、フワーリとたゆたい、やがて消えてなくなる。お子さまは両手を広げて、消えてしまう前にそれをつかもうと目を輝かせて一生懸命、とても可愛らしくきれいな光景です。
日本にはその「シャボン玉」をとてもきれいなメロディにのせた童謡があります。今から約100年前に活躍した詩人「野口 雨情(のぐち うじょう)」さんが作詞、同時代にたくさんの童謡、歌謡曲までを作曲した「中山 晋平」さんが作曲なさいました。
本当はのちに3番、4番まで創られたのですが、有名なのは1番、2番です。
シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 生まれて(産まれて)すぐに こわれて消えた
風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ
1番はその情景がとても良く浮かびます。でも2番は少し悲しい哀しいものが伝わってきますね。野口 雨情さんは62年の生涯でお子さまを何人もお持ちになっていますが、長女さんとそのあとお生まれになったお嬢様もうお一人をお小さいうちに亡くされています。2番の歌詞は、亡くなられたお嬢様方にうたったものだと言われています。
たった100年ほど前は、日本も今ほど医療が充実していなかったため、まだまだ乳幼児のうちに、発熱、栄養不良…で亡くなるお子さまが多かったようです。実際、私の祖母兄弟も7人生まれてそのうち2人が本当に幼いうちに亡くなっています。その記録を目にすると何とも申し訳ないような気持ちになり、おのれの幸せを思い知ります。
野口 雨情さんの亡くなったお嬢様、どちら様に向けてうたったものかは、はっきりした記録はありません。またその頃亡くなっていたお小さい命の鎮魂のためと言う説や人間そのものついて語った等、諸説あります。1番の歌詞はとても元気で躍動感があるのに、2番は全く異なる。シャボン玉で遊ぶことなく亡くなって消えてしまった、お小さい命への悲しさ、そしてそれをあえて受け入れようとする心情が伝わってきます。その切なさが「風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ」に着地しているような印象です。
野口 雨情さんの生涯を知る前は、ただただ可愛いお子さまの歌と思って、聞いて歌っておりましたが、その背景にある雨情さんのお気持ちを知ると、この歌はまったくちがった色合いの風景になります。